Frankenthal (1755-1800)

パウル・A・ハンノング(1700−1760)は、1755年に彼の磁器製作所を,それまであったシュトラスブルグから、フランケンタールに移し、1756年、素晴らしいモデルを伴って、1756年より創業しました。

1759年になると、ハンノングは、とてもうまくいっていたその事業を、息子に売ります。

しかしその息子は父の死後、1760年に兄弟からの遺産相続請求を果たさなければならなくなりました。

そのうちに、経済状況は思わしくなくなり、1762年にプファルツ地方のクアフュルスト・カール・テオドーアに、その磁器製作所を売り渡すことになります。

そして1775年まで、ヘーヒストから来た、アルカニスト・アダム・ベルクドールがリーダーとなって、その企業を非常に成功させます。しかしその翌年は、新しい色使いを試みたことと、質を改良したことによって、企業としての発展が停滞してしまいます。

やがて古典主義が起こると、それまでのロココ調のフィギュアをそれ以上売ることは止めざるをえなくなり、在庫をたくさん抱えることになります。

そしてその後、フランスによる占領の下、企業は、1795年にフランス国家が所有者として任命されます。フランス軍の退却後、もう一度製造することが可能になりましたが、1800年頃、閉鎖せざるをえなくなりました。(従業員や磁器のモデル、原料の一部は、ニンヘンブルクによって引き継がれました。)

フランケンタールでは、優秀で、注目に値する装飾的な彫像が生産されていました。存続している製作所の中で、このように多彩なモデルを見せているところは、マイセンを除いてはほとんどありません。その形や、装飾は、いまもなおフランスの手本となっています。

*この製作所の磁器は、現在、時々オークションに出されることがあり、フィギュアは、状態が良い限り、通常かなりの値段に達します。


by maomao

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Solitaire um 1770

 

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Chinesenhaus um 1762

 

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Kavalier und Dame
um 1760